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東京地方裁判所 昭和53年(ヨ)2372号 決定

申請人 甲野太郎

〈ほか二名〉

右申請人三名訴訟代理人弁護士 鳥羽田宗久

同 黒田純吉

被申請人 日本国有鉄道

右代表者総裁 高木文雄

右訴訟代理人弁護士 斎藤健

同 山内喜明

右指定代理人 森田昌男

〈ほか九名〉

主文

本件各申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請人ら

1  申請人らが被申請人に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  被申請人は、申請人甲野太郎に対し、昭和五三年五月以降本案判決確定に至るまで、毎月二〇日限り、金一二万九、〇〇〇円を仮に支払え。

3  被申請人は、申請人乙山一郎に対し、昭和五三年七月以降本案判決確定に至るまで、毎月二〇日限り、金一〇万五、三〇〇円を仮に支払え。

4  被申請人は、申請人丙川二郎に対し、昭和五三年五月以降本案判決確定に至るまで毎月二〇日限り金一〇万七、一〇〇円を仮に支払え。

二  被申請人

主文同旨

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  (被保全権利)

(一)(1) 申請人甲野太郎は、昭和四一年四月岡山大学法学部に入学後、昭和四四年四月被申請人(以下「国鉄」と略称することもある)に入社して飯田町客貨車区勤務となり、昭和四八年に汐留駅事業用品に配転されて、その職務に従事していた。

同申請人は、昭和五三年五月一八日当時、被申請人から毎月二〇日に金一二万九、〇〇〇円の給与の支払を受けていた。

(2) 申請人乙山一郎は、昭和四八年三月A実践高等学校を卒業し、同年四月国鉄に臨時雇用員として採用され、寒川駅駅務係を発令された後、同年一〇月準職員に、翌昭和四九年四月職員に、そして、昭和五二年四月一五日寒川駅構内係を発令され、その職務に従事していた。

同申請人は、昭和五三年七月一〇日当時、被申請人から毎月二〇日に金一〇万五、三〇〇円の給与の支払を受けていた。

(3) 申請人丙川二郎は、昭和四八年三月山形県立B高等学校を卒業し、同月、国鉄に臨時雇用員として採用され、新宿駅駅務係を発令された後、同年八月準職員に、翌昭和四九年二月職員に、そして、昭和五二年四月一五日寒川駅構内指導係に発令され、その職務に従事していた。

同申請人は、昭和五三年五月一〇日当時、被申請人から毎月二〇日に金一〇万七、一〇〇円の給与の支払を受けていた。

(4) なお、申請人らはいずれも国鉄労働組合の組合員である。

(5) したがって、申請人らはいずれも被申請人の職員であって、被申請人に対し、それぞれ前記各給与の支払を求める権利を有する。

(二) しかるに、被申請人は、申請人らが被申請人の職員であることを争い、申請人甲野太郎については、昭和五三年五月一九日以降、同乙山一郎については同年七月一一日以降、同丙川二郎については同年五月一一日以降、申請人らを職員として処遇しない。

2  (保全の必要性)

申請人らは、いずれも被申請人(国鉄)からの給与によって生活をし、他になんらの生活手段を持たない労働者であるところ、被申請人が申請人らを職員として処遇しなくなって以来、生活に困窮するに至っており、本案判決を待っていたのでは著しい損害を被る恐れがある。

二  申請の理由に対する答弁

1  申請の理由1(一)(1)のうち、申請人甲野の月額給与が一二万九、〇〇〇円であることは否認し、その余の事実は認める。

2  同1(一)(2)のうち、申請人乙山の月額給与が一〇万五、三〇〇円であることは否認し、その余の事実は認める。

3  同1(一)(3)のうち、申請人丙川の月額給与が一〇万七、一〇〇円であることは否認し、その余の事実は認める。

4  同1(一)(4)の事実は不知。

5  同1(一)(5)は争う。

6  同1(二)の事実は認める。

7  同2は争う。

三  抗弁

1  被申請人は、申請人らにつき、日本国有鉄道就業規則(以下「就業規則」と略称する)六六条一六号の「職員として品位を傷つけ、または信用を失うべき非行のあったとき」及び同条一七号の「その他著しく不都合な行いのあったとき」に該当する非違行為があったものとし(なお、申請人らに事前に呈示された事由書の内容は別紙のとおりである。)懲戒基準規程所定の弁明弁護の手続を経たうえ、申請人甲野太郎に対しては昭和五三年五月一八日、同乙山一郎に対しては同年七月一〇日、同丙川二郎に対しては、同年五月一〇日、日本国有鉄道法(以下「国鉄法」という。)三一条、就業規則六六条一六号及び一七号を適用し、申請人らを懲戒処分として免職する旨発令した(以下「本件懲戒免職処分」という。)。

なお、被申請人は、申請人らが解雇予告手当金の受領を拒絶したため、申請人丙川二郎に対する解雇予告手当金については昭和五三年五月二四日、同甲野太郎に対する同手当金については同年六月二三日、同乙山一郎に対する同手当金については同年七月二〇日、いずれも東京法務局に供託した。

2(一)  新東京国際空港(以下「成田空港」という。)は、昭和五三年三月三〇日開港を予定され、その準備も完了していたところ、右開港を四日後に控えた同月二六日、右新空港に反対し、実力による開港阻止を企図したいわゆる過激派は、次のような不法な行動を行なった。

(1) 同日午後一時過ぎ頃、過激派の一部は、東峰十字路、航空保安協会(山武郡芝山町香山新田横堀公民館付近)付近等七か所において、警備中の警察官や警備用車両等に対して一斉に火炎びんを投げつけるなどの攻撃をした。

(2) 同じ頃、過激派の一部約二〇名は、京成電鉄成田空港駅付近の下水道用マンホールから空港内に侵入を企て、警備中のガードマンに対して火炎びんを投げつけ、うち約一〇名が空港管理棟に不法に侵入し、コントロール・タワー室に乱入した後、同所に存した重要管制機器を多数破壊した。

(3) 同じ頃、過激派の一部約二〇名は、石油缶及び火炎びんを積載したトラック二台に分乗し、空港第八、第九ゲートを突破し、警備中の警察官に対して、火炎びんを投げつけたり、積載した石油を炎上させたトラックを空港管理棟の玄関付近に突入させるなどした。

(4) 同日午後一時三〇分頃、過激派の一部約四〇〇名は空港管理棟東側に存した警察機動隊宿舎に火炎びんを投げつけた後、空港第八ゲートを突破して空港内に侵入し、右管理棟前付近において警備中の警察官に対して、火炎びんを投げつけ、鉄パイプで殴りかかるなどの攻撃を加え、右攻撃は約三〇分間継続した。

(5) 当日の過激派による不法な行動によって、警察官約三〇名が負傷し、警察の輸送車等五台の車両が炎上したばかりでなく、予定された三月三〇日の空港開港は延期せざるを得なくなり、かかる事態は、直ちに、国内は勿論のこと国外にまで広く報道され、かかる不法な行動に対し厳しい批難の声が浴せられた。

(二) 過激派による不法な行動によって延期された成田空港の開港は、その後ようやく同年五月二〇日開港される運びとなったが、同日、約七〇〇名の過激派は、午後七時三〇分頃、火炎びんを積載したトラックとともに空港第五ゲート付近に来襲し、火炎びんを降ろした後、右トラックを空港フェンスに激突させ、同ゲート付近において、警備中の警察官に対し、火炎びんや農薬入りの小びんなどを投げつけ、さらには、鉄パイプで殴りかかるなどの攻撃を加え、右攻撃は約二〇分間にわたって継続した。

(三)(1) 申請人甲野太郎は、前記(一)(1)に記載した警察官に対する火炎びん等による攻撃に参加した。すなわち、

申請人甲野太郎は、多数の者と共謀のうえ、昭和五三年三月二六日午後一時二〇分ころ、千葉県山武郡芝山町香山新田地先路上付近において、警備中の多数の警察官らに対して共同して危害を加える目的をもって、火炎びん・鉄パイプ・石塊などの兇器を準備して集合し、同日午後一時三〇分ころ、前記場所付近において、前記警察官らに対し、鉄パイプで殴打し、石塊・火炎びんを投げつけるなどして、右警察官の職務の執行を妨害し、警察官二名に傷害を負わせた。

(2) 申請人甲野太郎は、横堀公民館付近において、兇器準備集合罪等によって現行犯逮捕され、昭和五三年四月一六日、兇器準備集合、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、公務執行妨害及び傷害の罪により起訴された。

(四)(1) 申請人丙川二郎は、前記(一)(4)に記載した警察官に対する火炎びん等による攻撃に参加した。すなわち、

申請人丙川は、多数の者と共謀のうえ、昭和五三年三月二六日午後一時三〇分ころ、千葉県成田市古込所在の成田空港警察署前路上付近において、警備中の多数の警察官らに対して共同して危害を加える目的で、火炎びん・鉄パイプ・石塊などの兇器を準備して集合し、前記日時ころ、前記場所において、前記警察官らに対し、鉄パイプで殴打し、石塊・火炎びんを投げつけるなどして右警察官らの職務の執行を妨害し、多数の警察官らに傷害を負わせた。

(2) 申請人丙川は、成田空港警察署前付近において、兇器準備集合罪等によって現行犯逮捕され、昭和五三年四月一六日、兇器準備集合、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、公務執行妨害及び傷害の罪により起訴された。

(五)(1) 申請人乙山一郎は、前記(二)に記載した警察官に対する火炎びん等による攻撃に参加した。すなわち、

申請人乙山は、ほか多数の者と共謀のうえ、(イ)、昭和五三年五月二〇日午後七時一五分ころから同七時五五分ころまでの間、千葉県成田市東三里塚字中之台地先路上及びその周辺において、警備中の多数の警察官らに対し、共同して危害を加える目的をもって、多数の火炎びん・石塊・劇物であるクロロピクリン入りの小びん・鉄パイプなどの兇器を準備して集合し、(ロ)、前記日時ころ、前記路上及びその周辺において、前記警察官らに対し、鉄パイプで殴打し、多数の火炎びん・石塊・劇物であるクロロピクリン入りの小びんを投げつけるなどの暴行を加え、警察官らの職務の執行を妨害し、警察官一八名に傷害を負わせた。

(2) 申請人乙山は、千葉県山武郡芝山町大里一八番地先路上において、兇器準備集合罪等によって現行犯逮捕され、昭和五三年六月一〇日、兇器準備集合、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、公務執行妨害及び傷害の罪により起訴された。

(六) 以上の次第で、申請人らの前記非違行為は、その動機、目的、手段、結果等において、法令を遵守すべき被申請人職員としては勿論のこと、およそ法治国家の一員としてもこれを宥恕すべき余地のない極めて悪質なものであるから、就業規則六六条一六号及び一七号に該当する。

就業規則六六条一七号についての申請人らの後記主張はすべて争う。国鉄法三一条を承けて規定された就業規則六六条一七号の「その他著しく不都合な行い」とは、単に業務の遂行上直接不都合な行為に限らず、日本国有鉄道の職員として不都合な行為を意味するものというべきである。そして、成田空港の開港は、国家的要請によって、国家的事業として営まれているものであり、同じく国家的事業を営む被申請人に勤務する申請人らが、実力をもって開港に反対するばかりでなく、警備中の警察官に対し、火炎びん等を投げつけたり、鉄パイプで殴りかかるなどの暴行を加えるがごときことは、被申請人の職員としてまことにふさわしからぬ行為であり、その品位を傷つけ、また申請人らの行為が新聞等によって報道されることにより被申請人自身の信用を著しく傷つけ、被申請人における企業秩序に莫大な影響を与えたのであるから、申請人らの本件非違行為は、就業規則六六条一七号に該当するものである。

3  以上述べたとおりであるから、申請人らに対する本件各懲戒免職処分はいずれも有効であり、従って、申請人甲野については昭和五三年五月一九日以降、同乙山については、同年七月一一日以降、同丙川については同年五月一一日以降被申請人の職員たる地位を有しないものである。

四  抗弁に対する申請人らの答弁

1  抗弁1の事実は認める。但し、就業規則六六条一六号を適用して懲戒免職処分をしたとの点は争う。

2(一)  抗弁2のうち(一)及び(二)は不知。(三)の(1)は否認し、(2)は認める。(四)の(1)は否認し、(2)は認める。(五)の(1)は否認し、(2)は認める。(六)前段は争う。

(二) 申請人らはいずれも被申請人主張の如き行為に及んだ事実はなく、誤って、逮捕されるに至ったものである。すなわち、申請人丙川及び同乙山は、警官隊あるいは機動隊と、集団の一部とが衝突し、混乱を生じた現場周辺から混乱に巻き込まれるのを避けるため離れようとしたところを逮捕されたものであり、申請人甲野は、火炎びん、鉄パイプ等で機動隊と衝突したデモ隊の一部グループとは無関係であり、同人が逮捕されるに至ったのは、機動隊が検挙活動を開始したため右衝突したグループが逮捕を免れんとして、周囲一帯に散り、その結果右グループと申請人甲野らを含む他の者とが判然と区別できなくなり、混乱に巻き込まれたためである。

(三) 就業規則六六条一七号(その他著しく不都合な行いのあったとき)についての主張

国鉄法三一条は、懲戒をなし得る場合を職員に業務上ないし職務上の非行があった場合に限定しており、右規定に基づく就業規則六六条をみても、一号から一六号まで懲戒の事由とされるのはすべて直接業務に関する行為であり、一七号の「その他著しく不都合な行いのあったとき」というのも、業務に関する不都合な行いを指しているものといわなければならない。そして、仮に本件懲戒免職処分の対象となった申請人らの各行為が存在し、かつ違法であったとしても、それは国家の成田における違法かつ不当な成田空港建設事業に対する政治的社会的反対運動の一環と認められるのであって、右行為がなされたとする時間及び場所からして、被申請人の業務とはおよそ無関係であり、被申請人の企業経営秩序の侵害を伴なうものではないのであるから、本件申請人らの行為につき同号を適用すべき余地はないと解すべきである。即ち、右行為をもって直ちに国鉄法三一条の業務上の規定に違反し、ないしは職務上の義務に違反したとして、申請人らを被申請人の職場から放逐することは違法というべきである。

国鉄と職員との関係については、公共企業体等労働関係法に特別の定めがあるが、両者の関係の基本的性格は私法上の契約関係と理解され、一般の私企業における勤務関係と異らず、国鉄法三二条の定める職員の義務についても、これを国家公務員について定められた服従義務(国家公務員法九八条)、職務専念義務(同法一〇一条)と同列に論ずることはできない。被申請人主張の如く、被申請人において、事業の運営内容、事業のあり方が社会の批判の対象とされ、事業の円滑な運営、廉潔性の保持が社会的に要請されているとしても、このことから、単に私法上の契約関係に結ばれたにすぎない職員についても、右のような社会的責務、即ち、私企業と異なる特殊な信用ないし体面保持義務を肯定すべき理由はない。

ところで、被申請人のような公企業に対する国民の信用は、その役務、給付が安定的かつ公平に提供されることにあるというべきであるから、申請人らの行為により、国民の期待に反し、役務の提供が不安定で偏頗なものになるおそれが生じたときでなければ被申請人の社会的評価の低下毀損が生じたとはいえない。

また、職場秩序の維持に支障が生じたとは、その者を雇用しつづけることにより、同一場所で共に働く同僚職員の作業能率が低下し、ひいては職場の就業秩序が紊されたことをいい、企業秩序に影響を与えたとは被申請人の職員に対する指揮監督関係が混乱し、業務の運営に重大な支障が生じたことをいうものであるところ、申請人らの行為により、かかる事実が生じたことについては、被申請人においてなんら明らかにしない。

五  再抗弁

本件各懲戒免職処分は、いずれも裁量の範囲を著しく逸脱したものであって、違法・無効である。すなわち、

1  職員を懲戒免職処分に付する、とりわけ有罪判決の確定を待たずにそれを行うにあたっては、それが職員の生活権を直接的に著しくおびやかすものであるから、処分の理由となった行為の存在、態様およびその違法性等が客観的かつ明白に認められるなど通常人をして十分納得せしめるに足る証拠資料を必要とすべきであるところ、本件ではかかる資料なしに懲戒処分に付した違法がある。

2  国鉄職員に懲戒処分に付すべき行為があった場合においても、免職処分の選択は、国鉄総裁の自由な裁量に委ねられるものではなく、事件の性質、原因、結果、態様そして事件前の被懲戒者の勤務態度、他の職員に対する影響等諸般の情状を検討し、特にその情状が悪く懲戒免職処分に付するのが客観的に妥当かつ必要と認められる程のものである場合にのみ右処分に付し得るものと解するのが相当である。しかるに、本件懲戒免職処分の対象となった申請人らの行為とされているものは、前述の如く企業外におけるもので、右の如き免職を相当とすべき限定事情がいずれの申請人にも存在しない。すなわち、成田空港の建設は違法かつ不当なものであり、これに対する抗議行動としてなされた申請人らの本件所為は、その目的、態様において正当である。また、申請人らには本件以前に見るべき処分歴はなく、本件前後の勤務態度も良好である。そして、本件により職場の秩序が混乱したという事実がない。さらに、本件処分は、行為及び行為の評価に関し鋭く争われていた本件事案につき起訴休職を経由することなく、申請人らを企業外に放逐するために性急になされたものである。当時政治課題として焦点化していた成田空港建設問題につき、政府は、空港建設反対運動を封殺するために、空前の警察力の動員などあらゆる手段を講じたが、本件処分はその一環として政府の意向にそってなされた極めて政治的な処分にほかならない。以上の諸点より、本件各免職処分は裁量の範囲を著しく逸脱したものであって無効である。

六  再抗弁に対する答弁

1(一)  再抗弁1は争う。

(二) 本件処分は、申請人らがいずれも新聞報道等によってその態様が明白な非違行動に参加し、現行犯として逮捕され、しかも右非違行動によって公訴を提起されたものであって、かかる非違行為は、就業規則六六条一六号及び一七号に該当するとしてなされたものであるから、申請人らの再抗弁1の主張は理由がない。

2(一)  再抗弁2は争う。

(二) 国鉄法三一条一項の規定は、被申請人の企業秩序維持のための懲戒権を被申請人の機関である総裁に付与している。このように法律上総裁に裁量権が与えられている以上、非違行為のあった職員に対していかなる種類の懲戒を課するかは総裁の裁量に委ねられているものであり、総裁がした懲戒処分は、それが社会通念上著しく妥当性を欠いて、懲戒権を総裁に付与した目的を逸脱していると認められない限り、その裁量権の範囲内にあるものである。ところで、本件処分の理由となった申請人らの非違行為は、いずれも、極めて反社会的な集団的過激行動であって、かかる非違行為をなした職員を組織外に排除することは、国民全体に奉仕すべき被申請人としては当然のことであって、本件処分にはなんら懲戒権の濫用、逸脱も存しない。

理由

一  申請の理由1(一)(1)ないし(3)の事実(但し、申請人らの給与の額を除く。)及び同1(二)の事実は、当事者間に争いがない。

二  被申請人の申請人らに対する懲戒免職処分の抗弁について判断する。

1  被申請人が、懲戒基準規程所定の弁明弁護の手続を経たうえ、申請人甲野に対しては昭和五三年五月一八日、同乙山に対しては同年七月一〇日、同丙川に対しては同年五月一〇日、いずれも国鉄法三一条、就業規則六六条所定の懲戒規定を適用し、本件懲戒免職処分をしたこと、同免職処分に先立ち、被申請人が申請人らに対して呈示した処分事由書の内容が別紙事由書のとおりであること、被申請人が、その主張のとおり申請人らに対する解雇予告手当金を供託したことは当事者間に争いがない。

申請人らは、右処分事由書には、申請人らの行為が就業規則六六条一七号に該当する旨の表示はあるが、同条一六号に該当する旨の表示がないから、同条項は懲戒理由とはされていない旨主張し、右事由書には、申請人らの非違行為が記載され、その結論部分に「職員として著しく不都合な行為である」と表示されていることは前記のとおりであるが、右申請人らの非違行為は、その記載内容自体から就業規則六六条一六号所定の「職員として品位を傷つけ、または信用を失うべき非行」に該当することもまた明らかである。従って、本件懲戒免職処分は、国鉄法三一条、就業規則六六条一六号及び一七号に基づいて行われたものということができる。

2  抗弁2(就業規則六六条一六号及び一七号該当事実の主張)について

(一)  疎明によれば、抗弁2の(一)の事実(成田空港開港に反対する過激派の昭和五三年三月二六日における行動等)及び抗弁2の(二)の事実(前記過激派の昭和五三年五月二〇日における行動)が、一応認められ、右認定を覆すに足りる疎明はない。

(二)(1)  申請人甲野が、横堀公民館付近において、兇器準備集合罪等によって現行犯逮捕され、昭和五三年四月一六日、兇器準備集合、火炎びん使用等の処罰に関する法律違反、公務執行妨害及び傷害の罪によって起訴されたことは当事者間に争いがないところ、右事実に加え、疎明によれば、同申請人は、三里塚農民との一〇年間に及ぶ交りのなかで、共感をもって成田開港阻止闘争に参加し、そして、昭和五二年五月六日に開港のため強行された鉄塔撤去を目の前にして、もはや法によって平和的に解決する一切の手段はなくなり、人民の正当防衛=自衛権の行使以外にはないと決意し、抗弁2(三)(1)の事実に及んだことが一応認められ、右認定を覆すに足りる疎明はない。

(2) 申請人丙川が、成田空港警察署前付近において、兇器準備集合罪等によって現行犯逮捕され、昭和五三年四月一六日、兇器準備集合、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、公務執行妨害及び傷害の罪によって起訴されたことは当事者間に争いがないところ、疎明によれば、抗弁2(四)(1)の事実が一応認められ、右認定を覆すに足りる疎明はない。

(3) 申請人乙山が、千葉県山武郡芝山町大里一八番地先路上において、兇器準備集合罪等によって現行犯逮捕され、昭和五三年六月一〇日、兇器準備集合、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、公務執行妨害及び傷害の罪により起訴されたことは当事者間に争いがないところ、疎明によれば、抗弁2(五)(1)の事実が一応認められ、右認定を覆すに足りる疎明はない。

(4) 以上認定の事実((二)の(1)ないし(3))によれば、申請人らはいずれも、成田空港開港阻止闘争に参加し、兇器準備集合、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、公務執行妨害及び傷害の罪を犯したものということができる。

(三)  申請人らは、国鉄法三一条、就業規則六六条は業務上、職務上の非行のみを対象としているものであるから、同条一七号の「不都合な行い」も業務に関する不都合な行いを指す、との前提のもとに、申請人らの本件行動は政治的社会的闘争であって業務と無関係であるから、本件懲戒免職処分は違法である旨主張する。

しかしながら、被申請人のように、極めて高度の公共性を有する公法上の法人であって、公共の利益と密接な関係を有する事業の運営を目的とする企業体においては、その事業の運営内容のみならず、更に広くその事業のあり方自体が社会的な批判の対象とされるのであって、その事業の円滑な運営の確保と並んでその廉潔性の保持が社会から要請ないし期待されていることなどを考慮すると、就業規則六六条一七号の「その他著しく不都合な行いのあったとき」という規定は、単に職場内又は職務遂行に関係のある所為のみを対象としているものではなく、被申請人の右社会的評価を低下毀損するおそれがあると客観的に認められる職場外の職務遂行に関係のない所為のうちで、著しく不都合なものと評価されるがごときものをも包含するものと解するのが相当である(昭和四五年(オ)第一一九六号昭和四九年二月二八日第一小法廷判決・民集第二八巻一号六六頁参照)。これを本件についてみると、前記認定のとおり過激派グループの行動は、国家的事業である成田空港の開港を実力をもって阻止するために火炎びん、鉄パイプ、石塊等を所持して集合移動し、警備中の多数の警察官らに対しこれらを投げつける等の行動に出た極めて暴力的な集団的過激行動であって、申請人らはこれに参加し、行動を共にして逮捕されたのであるから、申請人らの右行為は、職場外でなされた職務遂行に関係のないものとはいえ、また、その動機、目的が如何であろうとも、法治国家として許容し難い反社会性の強いものであり、従って、被申請人の社会的評価を低下毀損するおそれのある著しく不都合な行為というべきであるから、就業規則六六条一七号所定の懲戒事由に該当するものということができる。

なお、申請人は、企業外で非行をなした職員に対する懲戒は、職場秩序の観点から該職員を雇用しつづけることにより、同一場所で共に働く同僚職員の作業能率が低下し、ひいては職場の就業秩序が紊されたことをいい、また、企業秩序の観点から、被申請人の職員に対する指揮監督関係が混乱し、業務の運営に重大な支障が生じた場合に限るべきであるとの前提のもとに申請人らの行為は、かかる場合に当らないから、それが就業規則六六条一七号に該当する余地はない旨主張するけれども、前記のとおり就業規則六六条一七号の規定は、具体的な業務阻害等の結果の発生までをも要求しているものと解することはできないから、申請人らの右主張は採用することができない。

3  進んで再抗弁1(申請人らの行為を認定する資料の欠如)について

(一)  申請人甲野及び同丙川が昭和五三年三月二六日、申請人乙山が同年五月二〇日に、それぞれ成田空港開港阻止を企図した過激派の不法な行動に参加し、いずれも兇器準備集合罪等により現行犯逮捕され、申請人甲野、同丙川については同年四月一六日、申請人乙山については同年六月一〇日にいずれも兇器準備集合、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、公務執行妨害及び傷害の罪により起訴されたことは前記のとおりである。ところで、疎明によれば、被申請人が申請人らの非違行為の存否を判断するために次のとおりの事実調査をしたことが一応認められる。

(1) 申請人甲野について

申請人甲野は、事件前日の三月二五日午前九時頃、職場で三里塚闘争に関するビラを配布していたこと、同申請人は三月三〇日妻を介して汐留駅助役Cに、一身上の都合による一か月間の休暇を願い出ていること、C助役は同日愛宕警察署に申請人甲野の照会と調査を依頼したところ、翌三一日に同警察署より、三月二六日の逮捕者のなかに申請人甲野が居ること、同人は黙秘しているが指紋の照会の結果同申請人であることが確認されている旨の回答を受け、さらに四月一日、同警察署から「横堀公民館横で火炎びんを投げているところを現行犯逮捕された」旨連絡を受けたこと、その後情報を収集した結果、四月二日付朝日新聞に、同申請人が管制塔襲撃の集団に加わり白兵戦を繰りひろげた旨の記事及び四月七日付の毎日、読売、サンケイの各新聞に同申請人の自宅が家宅捜索を受けた旨の記事が掲載されているのを知ったこと、そこで東京南鉄道管理局長高桑利雄は千葉地方検察庁検事正宛に照会を行ない、同申請人の処分結果について、起訴年月日、係属裁判所、公訴事実の要旨、勾留場所等の回答を得たこと。

(2) 申請人丙川について

申請人丙川の勤務先である東京西鉄道管理局寒川駅の駅長Dは、昭和五三年四月六日警視庁公安部公安二課警部補伊藤春雄の来訪を受け、同警察官持参の多数の顔写真のなかから申請人丙川の確認を求められたので、台紙に番号二一四二と記載のある同申請人の顔写真を指示して同人であることを確認したところ、同警察官から、申請人丙川は警備中の警察官に対し投石や火炎びんを投げつける等して公務の執行を妨害し、警察官に傷害を負わせたため、昭和五三年三月二六日午後一時三〇分頃千葉県成田市古込の成田空港警察署前付近において、公務執行妨害等の被疑事実によって現行犯逮捕され、現在千葉刑務所に勾留中である旨告げられたこと、そこで東京西鉄道管理局総務部人事課長Eは、右事実を確認するため、右事件関係の新聞記事等の収集を行なうとともに、千葉地方検察庁検事正宛に被疑事実の要旨等について照会したところ、申請人丙川の処分結果(起訴年月日、公訴事実の要旨、勾留場所等)についての回答を得たこと。

(3) 申請人乙山について

申請人乙山の勤務先である東京西鉄道管理局寒川駅の駅長Dは、昭和五三年五月二一日、同駅国労分会長Fから、同人のもとに同申請人の父親から同申請人が成田事件で逮捕されたとの連絡があった旨報告を受けたこと、D駅長は同月二五日千葉県警成田空港対策本部の武内から、申請人乙山が成田で逮捕され現在千葉に居る旨の電話連絡を受け、さらに、同日及び六月一二日の二回にわたり神奈川県茅ヶ崎警察署に呼び出され、警備課警察官から示された「成田警察署二二六八号」と記載された写真により逮捕された者が申請人乙山であることを確認するとともに、同警察官から、申請人乙山が同年五月二〇日一九時四四分頃、千葉県山武郡芝山町大里一八番地先路上で公務執行妨害等によって現行犯逮捕された旨を告げられたこと、そこで、東京西鉄道管理局総務部人事課長Eは、五月二〇日の事件の新聞記事等の収集に当り、また、申請人乙山の被疑事実を調査すべく、千葉地方検察庁に照会を行ない、昭和五三年六月一四日付の同申請人の処分結果(起訴年月日、係属裁判所、公訴事実の要旨、勾留場所等)についての回答を得たこと。

以上の事実が疎明され、右認定を覆すに足りる疎明はない。

更に、被申請人は、申請人らについてそれぞれ懲戒基準規程所定の弁明弁護の手続を経たうえ、申請人らにつき本件懲戒免職処分をしたことは前記のとおりであるところ、疎明によれば、申請人甲野は昭和五五年三月三一日、申請人丙川は同年四月二一日、申請人乙山は同年五月三〇日、いずれも東京地方裁判所において公訴事実につき懲役二年(但し申請人甲野については三年間執行猶予)の有罪判決を受けたことが一応認められる。

(二)  以上認定の事実のもとで、被申請人が申請人らの非違行為を認定した判断の当否について検討するに、被申請人は関係捜査機関からの事情聴取や捜査官により提示された写真により申請人らが現行犯人として逮捕された事情を把握し、さらに、申請人らの行為の態様を新聞報道により確認したうえ、事実調査のため千葉地方検察庁に照会して申請人らの「処分結果について」と題する書面による回答を受領し、これによって公訴事実の要旨等を確認したのであるから(なお、申請人甲野については事件の前日職場で三里塚闘争に関するビラを配布していたことをも併せ考え)、かかる事情のもとで被申請人が、申請人らが公訴事実にかかる行為を行ったものと判断するに至ったことは相当であって、右判断が正当であることは、その後申請人らが東京地方裁判所において公訴事実について有罪判決を受けたことによっても裏付けられている。

4  つぎに再抗弁2(懲戒処分の選択についての裁量範囲逸脱)について

(一)  懲戒権者たる被申請人の総裁は、懲戒事由に当る行為をした職員に対し、国鉄法三一条一項所定の、免職、停職、減給又は戒告の懲戒処分のうち、どの処分を選択するかを決定するにあたっては、懲戒事由に該当すると認められる行為の外部に表われた態様のほか右行為の原因、動機、状況、結果等を考慮すべきことはもちろん、更に、当該職員のその前後における態度、懲戒処分等の処分歴、社会的環境、選択する処分が他の職員及び社会に与える影響等諸般の事情を総合考慮したうえで、被申請人の企業秩序の維持確保という見地から考えて相当と判断した処分を選択すべく、そして、右の判断については懲戒権者の裁量が認められているのであって、懲戒権者の処分選択が、当該行為との対比において甚だしく均衡を失する等社会通念に照らして合理性を欠くものとして違法性を有しないかぎり、それは懲戒権者の裁量の範囲内にあるものとしてその効力を否定することはできない。そしてこの理は、懲戒権者が免職処分の選択を相当とした判断についても妥当するのであって、免職処分の選択に当たっては、他の処分の選択に比較して特別に慎重な配慮を要することを勘案したうえで、右判断が裁量の範囲をこえているかどうかを検討してその効力を判断しなければならない(前記最高裁判所判決参照)。

本件につきこれをみるに、申請人らの行為は前記認定(2(二)の(1)ないし(3))のとおりであって、その動機や目的が何であったにせよ、また、職場外でなされた職務遂行に関係のないものとはいえ、反社会性の極めて高い集団的過激行動であり、その法益侵害の結果も重大であるのみならず、社会に与えた影響も極めて衝撃的かつ甚大である。右事情を総合して考えると、申請人らに本件以前にみるべき処分歴がないこと、本件前後の勤務態度も良好であること、本件により職場の秩序が混乱したという事実がない旨の申請人らの主張事実を斟酌し、更に、免職処分の選択にあたって特別に慎重な配慮を要することを勘案しても、なお被申請人が申請人らの前記行為につき免職処分を選択した判断が合理性を欠き違法なものであるとまでは断定することはできない。

(二)  なお、申請人らは成田空港の建設は違法、不当なものであり、これに対する抗議行動としてなされた申請人らの本件行為はその目的・態様において正当であって、申請人らにおいて前記起訴罪名に該当するとされた行為をなしたとしても、それは違法性を阻却するものであるから、これをもって懲戒事由にあたるとして被申請人が行った本件各懲戒免職処分は、裁量の範囲を著しく逸脱したものであって無効である旨主張するが、本件全疎明資料によっても申請人らの行為につき違法性を阻却すべき事由を認めることができない。

(三)  また、申請人らは、被申請人は申請人らを「刑事事件に関し起訴された場合」(国鉄法三〇条一項二号)に該当するものとして刑事休職に付し、有罪の確定判決があったときはじめて懲戒に付すべきものであるところ、右刑事休職を経由することなく性急になされた本件懲戒免職処分は懲戒権の濫用である旨主張するが、懲戒権者たる被申請人の総裁は、職員が懲戒事由に該当する行為を行った場合、有罪の確定判決がなくても懲戒処分をすることができることは明らかである(被申請人が職員を刑事休職に付するかどうかは被申請人の裁量に委ねられており、懲戒処分とは別個の観点から判断されるべきものであるから、刑事休職を経由せずに懲戒処分をしたとの一事をもって懲戒権の濫用ありということはできない。)。そして、本件において申請人らが前記起訴にかかる行為を行ったこと、及び右行為が懲戒事由に当るとして免職処分を選択した被申請人の判断が合理性を欠き、裁量の範囲を逸脱した違法なものともいうことができないことは、さきに認定・説示したところであるから、申請人らの主張は採用することができない。

5  以上のとおりであるから、本件各懲戒免職処分はいずれも正当であるというべきである。

三  結語

よって、申請人らの本件仮処分申請は、被保全権利の疎明がなく、また、事案の性質上保証をもって疎明に代えるのも相当でないから、いずれもこれを失当として却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 古館清吾 裁判官 松村雅司 鈴木浩美)

〈以下省略〉

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